職人の非効率が生む唯一無二の美 ― 象嵌作家 塩島敏彦先生とカワニシ社長の対談

2025/10/02

先日の展示会にて、ジュエリーカワニシ代表・河西が、象嵌作家の塩島敏彦先生とじっくりお話しする機会をいただきました。
作品の魅力や制作に込められた想いなど、普段はなかなか聞けないお話が盛りだくさん。
すべてはご紹介しきれませんが、その一部をブログでお届けします。

  

職人の手仕事 vs. 機械生産 — ジュエリーに宿る「価値」の源泉

ジュエリーカワニシ 対談 塩島敏彦先生とカワニシ社長


カワニシ:先生の作品はそのデザインの美しさはもちろんですが、細かい細工が本当に繊細で、それでいて温かみがあるというか、優しさを感じるんです。感性に響くというか…心が震えるんですよね。これこそが美しさであり、この感動はどこからくるのでしょうか。
 

塩島先生: ありがとうございます。それはおそらくすべての工程を手作業で行っているからだと思います。実は量産されている多くのジュエリーは「CAD(キャド)」の制作が大半で、全部機械で作られています。僕ら作り手が見ると、CADで作ったものはどんなことをしても一発でわかってしまうんです。
 

カワニシ: 何が違うのでしょうか?


塩島先生: 一番わかりやすいのはシンメトリー(左右対称)のデザインです。CADは100分の1ミリといった非常に高い精度で加工できるので、完璧なシンメトリーができてしまう。でも、それがかえっておかしいんです。やけに工業製品みたいな固さが出てしまうんですよ。


カワニシ: 確かに、どこか無機質な印象を受けることがありますね。職人さんの手仕事とは、そのあたりが違うのですね。


塩島先生: ええ。我々職人がやるときは、シンメトリーを出そうとしたら、その部分だけを正確に合わせるのではなく、全体のバランスでシンメトリーに見せるというやり方をします。実際に計測すればズレているんだけれども、人が見たときにはそう見える。そういう作り方なんです。


カワニシ: あえて完璧さを崩すことで、全体の調和を取るわけですね。


塩島先生: そうです。その方が出来上がった時に、いかにも人の手というか、優しさや温かみが出るんですよね。シンメトリーを出すことよりも、出さないでシンメトリーに見せることの方が、実ははるかに難しいんです。そのためのバランス感覚が職人には必要になります。


カワニシ: なるほど。機械のように精密さを追求するのではなく、人間の感覚で美しさを生み出していくのですね。
 

ジュエリーカワニシ 対談 塩島敏彦先生

塩島先生: ですから、もし精度だけを求めるなら、職人がやるより機械屋さんに外注した方がよっぽど良いものができます。我々の業界とは精度が違いますから。しかし、僕らの仕事の本質はそこにはありません。


カワニシ: というと?


塩島先生: 「効率の悪さ」が、最終的には僕らの付加価値になるんです。効率の良いものづくりは、誰でも量産できてしまうから付加価値がない。どんなに頑張ってもできないからこそ、価値が生まれるんです。


カワニシ: 先生が手掛けられている「パート・ド・ヴェール」というガラス技法が、まさにその哲学を体現しているように感じます。


塩島先生: その通りです。パート・ド・ヴェールは、粉末状のガラスを詰めて焼き固める技法ですが、宝飾品のように精密なものを作る人は限られています。本来はもっと大きな置物などを作るための技術なんです。私はこれを宝飾品に応用できるよう技術を昇華させましたが、10個、15個作ってやっと1個成功するかどうかという確率です。


カワニシ: それは大変な非効率さですね。しかし、そこに希少性が生まれるわけですね。


塩島先生: ええ。「量産できない」こと、そしてもう一つは**「同じ発色が二度とありえない」**ことです。原型から型を取って作ってはいますが、焼き上がりの色は毎回すべて違う。もしマニュアル通りにやれば誰でも同じものが作れるのであれば、宝飾品にはなりません。アクセサリーとしては使えるかもしれませんがね。


カワニシ: 一つひとつが一点物であること、そして機械には決して真似のできない職人の感覚と非効率さこそが、本当の価値を生むということですね。大変深いお話をありがとうございました。
 

ジュエリーカワニシ 対談 カワニシ社長

                                   
                              

職人の手仕事が生む「優しさ」と「揺らぎ」の価値


塩島先生の作品が放つ圧倒的な魅力の源泉は、その非効率ともいえる手仕事へのこだわりにあります。

現代のジュエリー制作ではCADによる機械設計が主流ですが、先生はそれによって生まれる完璧なシンメトリー(左右対称)にはない、人間味あふれる美しさを追求されています。

「僕らの作り方は、パッと見た時にシンメトリーに見えるけれど、計測すると実は違う。その方が、人の手というか、優しさが出るんです」。

機械には決して真似のできない、手仕事ならではの絶妙なバランス感覚と「揺らぎ」。

それこそが、作品に温かみと生命感を与え、「考えられない繊細さ」、「素晴らしいですね」とお客様を感動させる、深い価値を生み出しているのです。
 

塩島先生、このたびは素晴らしいお話をありがとうございました。
作品に込められた想いや制作への姿勢に触れ、私たちも深く感銘を受けました。
 

見つめるほどに魅了される、塩島先生の奥深き手仕事

ピクウェ リング 塩島敏彦

【ピクウェ技法でローズを描いたリング】
白蝶貝の上に象嵌された花が、まるで浮かび上がるように輝きます。縁を飾るケシパールは本来形が均一でないため、球体部分の向きを揃え、台座の高さを変えて均一にしています。現在「ケシ止め」の細工ができる職人は少なく、その技術の希少性が一層このリングの価値を高めています。
 

ヴェネチアンマスク

【ピクウェがミステリアスに輝くヴェネチアンマスクのブローチ】
イタリアのカーニバルで使われるマスクで、かつては身分を隠すための用いられていました。マスク部分は象牙にピクウェ技法を施し、エレガントでどこかミステリアスな雰囲気を表現しています。さらに目元に奥行きを与えるため、裏側にまで精巧な彫りが施されており、職人の細やかな技と感性が宿る逸品です。パールは動くたびにころころと揺れ、見る人の心を惹きつけます。
 

ピクウェ 塩島敏彦 ブローチ

【象牙に様々の色の金が埋め込まれたピクウェのブローチ】
象牙の上に施されたピクウェ細工は、金属の配合を巧みに変えることで色彩に変化を生み出しています。その繊細な表現が植物の持つやわらかな美しさを映し出し、華やかでありながら上品な佇まいを感じさせる逸品です。

 

塩島敏彦先生の最新情報はInstagramをフォロー、もしくはLINE登録でお受け取りいただけます。
気になる作品がございましたらお気軽にお問い合わせくださいませ。お電話やお問い合せからも承ります。

【Instagramアカウント】
kawanishi_incorporated

【LINEアカウント】
@dtv9109b

 

ジュエリーデザイナー 塩島敏彦
 

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